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ダウンタウン(City Centre)

地区1
ダウンタウン(City Centre)
ダウンタウン

ダウンタウン
バンクーバー中心部の最も賑やかな商業、ビジネス街。スタンレーパークからガスタウン・チャイナタウンに至るエリア

ダウンタウン

ロブソン

ストリート
ロブソンSt.は、高級ブランドやカジュアルブランド、コスメ、雑貨、レストラン、カフェなどのお店が立ち並ぶダウンタウンの中でも最も賑やかな通り。
ガスタウン バンクーバー発祥の地。英国人船員のギャシー・ジャック・デイトンが、1867年 この地に質素なホテルと居酒屋を開業したことにはじまる。

人々がギャシーの街と呼ぶようになり、約一世紀後に この地域全体の修復が行われた時、ギャシーの銅像も建てられた。石畳のウォーターSt.(メインストリート)には、19世紀の煉瓦造りの建物を利用したギャラリーやブティック、レストラン、ギフトショップなどが立ち並んでいる。
チャイナタウン バンクーバーのチャイナタウンは、サンフランシスコに次いで北米2番目の規模を誇る。
大陸横断鉄道の建設労働者としてカナダへ渡ってきた中国人が住み始めてできた。
本格的な飲茶を楽しんだり、中国の雑貨や食品も購入できる。
危険な地区 特にガスタウン東部からE.Hasting St.とMain St.の交差点にかけてのいわゆる”ドヤ街”には薬物常用者が多く、週末や夜間には多くの人たちが路上に立ち尽くしている。あまり良い身なりで歩く場所ではない。麻薬が事実上野放しの地域だが、カナダ人以外のトラブルは当然に目立つため、強制送還のリスクを犯してわざわざ手を出すことは全く勧められない。ラフな格好で昼間にこの地域を歩くのも安全とは言い切れないが、ダウンタウンの格差社会は実感できる。
地区2
サレー(Surrey)

メトロバンクーバーに属し、バンクーバー都市圏の一部を構成している。スカイトレインやハイウェイでバンクーバーの中心部と結ばれており、住宅街が広がるベッドタウンのひとつでもある。市内には6つのタウンセンターがあり、それぞれフリートウッド、シティセンター、ギルフォード、ニュートン、クローバーデール、サウス・サレーとある。

サレー市は都市の標語を「公園の都市」としているように、市内には600を超える公園(22 km2)や、15のゴルフコースが広がっている。スポーツ施設も数多くあり、年間を通して様々なスポーツイベントが開催される。また、土地のおよそ35%は農地として設計されていたが、都市の成長とともに開発の波が徐々に押し寄せている。

サレーの教育委員会は99の小学校と21の中学校の公立校を管轄としており、州内では最大の学校区をもつ。市内にはシク教徒やヒンドゥー教徒が多いことを反映して、パンジャーブ地方で盛んなスポーツ、カバディの専用スタジアムがある。

地区3
バーナビー(Burnaby)

西はバンクーバーと接しており、人口規模は、バンクーバーとサレーに続く州内第3位。
1892年に設立され、100年後の1992年に市制が敷かれた。設立から最初の30~40年は、バンクーバーとニューウエストミンスターの中間に位置する都市として発展した。当初は農業が産業基盤であったが、交通網が整備され、ノースバンクーバーやリッチモンドと同様にバンクーバー郊外のベッドタウンを形成するようになった。

バラード入江とフレーザー川と接しており、市内で最も高い地点はバーナビー・マウンテンの370mで、サイモンフレーザー大学のメインキャンパスがある。

地区4
リッチモンド(Richmond)

市内北部はバンクーバーと接している。バンクーバー国際空港があることでも知られる。リッチモンドの名は、街が設立される前、1862年9月に出された州のパンフレットにはすでに使われていた。1879年11月10日に地区(District Municipality)として設立され、1990年12月3日には市制が施行された。

ルル島の南西端にある漁村スティーブストンは当初、入植してきたヨーロッパ人と日本人コミュニティの中心地として栄えた歴史をもつ。そのため、史跡が多く残っており、博物館もある。港には今も漁船が多くある。人口およそ17万5,000人(2006年統計)。少数民族の割合が59%と国内でも比率が高い都市のひとつで、その半分がアジアを起源とする移民である。この多くに1990年代初期にかけて香港や台湾、中国大陸から移民してきた人々が含まれ、2001年統計では華僑、華人の割合は市内人口のおよそ40%にのぼる。インドやフィリピン、日本からの移民は1800年代までさかのぼることができ、長い歴史がある。しかし、日本人コミュニティは1942年の真珠湾攻撃の際、カナダ政府の方針により州内またはアルバータ州の捕虜収容所に強制移住させられたため、コミュニティは一度壊滅した。保有していた財産も没収され、競売にかけられた。
市内には華僑・華人が数多く住んでいることを反映して標識が中国語と英語の併記になっている箇所が多い地区でもある。

地区5
ノースバンクーバー

南はバラード入江を挟んでバンクーバーがあり、東西と北はノースバンクーバー地区に囲まれている。ロンズデール周辺には高層住宅街があり、市内の人口が集中している。

ノースバンクーバー地区やウェストバンクーバー地区と多くの共通点があり、3つの都市を合わせて1つのエリア(北岸地域)と見なすこともある。ノースバンクーバー地区とノースバンクーバー市は行政サービスに違いが見られるが、一般に区別せず総称して「ノースバンクーバー」と呼ぶことが多い。

バラード入江沿岸では最も早い入植が見られた場所で、19世紀後半、北岸地域全体を含む都市「ノースバンクーバー」が組織されていった。しかし、1890年代、ノースバンクーバーは財政破綻に合い、1907年、法的に破産する。この結果、都市はウェストバンクーバー地区とノースバンクーバー地区に分割され、ノースバンクーバー市はわずかなエリアだけを残し、現在の姿となる。

地区6
デルタ

バンクーバーの南にあり、カナダとアメリカ合衆国の国境に近い。ブリティッシュコロンビア州の主な海上交通主段の1つのフェリーもここ(ツワッセン・フェリー・ターミナル(Tsawwassen))から出港する。

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